アメリカでシュタイナー・スクールに通う

シュタイナー教育をご紹介します。

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科学教授法 最終回

あ~、やっと終わった。(って、授業はまだ始まったばっかり。自分の発表分が終わって、すっかり全てが終わったような気になっている...。)

ということで、時間切れで訳し切れなかった分をアップします。

相変わらず、推敲など一切なしの、「スッピン」翻訳でごめんなさい。

ま、言いたいことはわかっていただけるでしょう、という図々しい考えを全面に押し出した訳文ということで、勘弁してください。

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伝統的な科学の授業ではシンプル化された理論をもっと早い時期に学習すると思いますが、シュタイナー学校ではずっと後になるまで原子模型の学習を待ちます。

界理論の取り組みで学習した内容に関連させて、実験が私たちが通常考える物質の特性の殆どを失ってしまった現象に行きつく最近のリサーチの中でさえ論議されている説明や考え方に感謝するという姿勢を学びます。(注:ここの翻訳、全然意味不明です。ごめんなさい。あとから、考え直します。)

このような姿勢はあくまでも、感覚の知覚的世界と知性の概念的世界との区別を生徒たちがしっかり出来て初めて形成されるのです。

12年生(最高学年:日本の高校3年生)になると、生徒たちは視覚的現象に移行してゆきます。生徒たちは、やっと哲学的な質問に対して答えを見つけるような段階に来るのです。「世界をどう見るか」とか「知の基礎は何か」というような質問に対する回答を考えるわけです。

<使用装置>

親御さんたちと現象学的見地にたった学習法のお話をしていると、使用装置に関しての質問がしばしばされます。科学者やエンジニアたちにとって顕微鏡や電子計測器は大変便利なツールであることは間違いありません。しかしながら、生徒たちや、大人たちや、多くの科学者たちでさえ、そのような便利な道具を使うことによって本来観察するべきものを見失ってしまうことがあります。

たとえば、電子顕微鏡が映し出すイメージは「物体」のように見えますが、実際には、電界の強さの変化によって映し出されるビジュアル的な描写に過ぎないのです。電界の強さの変化がたとえ最小限であったとしても、この説明は、科学をより深く追求すればするほど重要な意味合いをもってくるのです。

ですから、我校では、生徒の認識レベルに合った、しっかりと理解可能な装置なり道具なりを使おうと考えています。つまり、中学校ではシンプルな装置を、高校になったら多少洗練された装置を使うこと言うことです。

生徒たちの考える能力というのは、彼らが使う装置や道具とはあまり関係のないことで、むしろ、彼らがどう観察に取り組むかということに関係しているのですから。

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では、良い週をお過ごしください。

ミシガン州は、異常に暖かいです。

不気味なほどの暖かさです。










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