アメリカでシュタイナー・スクールに通う

シュタイナー教育をご紹介します。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

PageTop

なぜ学校でオイリュトミーをやるのか。 (((その2)))

前回の続きです。

     

幼児が初めて自分の足で立つとき、それはハイハイから直立歩行に移行することを意味し、子供の中でうまれて初めて自分というものに気づく瞬間です。それ以降、人間は、自然界にいるどんな生物よりしっかりと直立する存在となるのです。人間が自然界に存在するもの全てを自分の中に持っているのは、基本的に人間を構成しているものは全て自然界の中にあるものだからなのです。私たち人間は、自然を作っているものと同じ要素、そして同じ力(作用力)で作られています。今、子供が目覚めます。自然と共通したその部分、つまり自分の体に触れるために、子供の中にあるより高いところに存在する自我が目覚めます。それは、自らの目標を達成したり自分でうまく調整するための目覚めです。

自然界に存在する物ばかりが人間の体の中に共通してあるわけではありません。自然界の中にある動き(動作)も人間の体の中に存在するのです。赤ちゃんから幼児へと成長する過程で、そのような自然と共通の動きがどんどんと喉や発声器官に集中するようになって行きます。小さい子供たちが体全体を使って表現するのとは違い、スピーチを通して表現活動を行うようになります。このように喉に集中した動きが喉で発生した言葉となるのです。喉に集中して言葉となった動きと子供の個性が自然の力と一体化して存在するのです。

人間のスピーチ(言語)には、2つの要素が含まれています。1つ目は母音で、音として発生され、魂の意識を表現します。「あ!」とか「え!」とかのそれだけで感情表現が出来る言葉たちです。もう1つは、子音です。子音は肉体的な要素、つまり自然の力の表現と考えられます。KとかFとかSといった音です。子音があって私たちは(ものを)作ったり描いたりすることが出来るのです。母音や子音のうち、自然の中で形になったものが生きるための力なのです。たとえば、鎖が音をたてているわねと私が言うとします。そうすると、「ラトル」という言葉のなかにある子音の組み合わせを通じて音の特徴が聞こえてくるはずです。

「スライド」と言う言葉は「タンブル」という言葉と違います。つまり、子音が像を作り上げるのです。「何かがパリッとしているわね」と聞くと、この言葉の子音を通してパリッとした様子が聞こえてくるのです。ですから、母音と子音は言葉の中で一緒に発声されるとそれが肉体も伴っているということであり、さらには、私たちの魂や、全霊さえも伴っているということなんです。

言葉は喉頭辺りで作られ発声されるようになっています。喉を通じて母音や子音を作らず全身を使って母音や子音を動きに変換すると、それがわたしたちがオイリュトミーと呼んでいるものになります。ある意味、、オイリュトミーとは、言葉の原点に戻ることだと考えられるでしょう。なぜなら、赤ちゃんがまだしゃべることが出来ない場合、本来なら言葉として発生されるものが動作として表現されるからです。私たち大人は、動作を意識的にすることが出来ます。それを使って、子供のところに持っていた想像力を再び呼び起こすのです。


++++

まだ、続きます。


スポンサーサイト

PageTop

コメント


管理者にだけ表示を許可する
 

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。