アメリカでシュタイナー・スクールに通う

シュタイナー教育をご紹介します。

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これからのこと。(3)

卒業を本格的に意識しだしたのは今年の3月ごろ。

まだ、冬の寒さが残っている頃です。

「あと、3ヶ月で卒業だなんて、信じられないよね~。」

などと、クラスメイトのお母さんたちと喋っておりました。

まさに、「のほほん」という表現がぴったりなほど他人事のような感じで、その3ヶ月がマッハの速さで来てしまうなどとは全く想像すらしていなかったのです。

「あっ!!!」

と言う間に卒業が現実として迫ってきました。

ワシントンDCへの卒業旅行のこと、卒業制作のモザイク壁画のこと、卒業試験のこと、先生への卒業プレゼントのこと、メインレッスンブックの仕上げのこと、などなどが怒涛のように押し寄せ、生徒たちだけでなく先生も親もみんなして、

「やることありすぎ....。こんなんで卒業できるかな~。」

って、学校で誰かに会うたび言い合っていました。

結局、卒業旅行もモザイクも卒業ギフトもメインレッスンブックも、どれもこれも卒業前にしっかり消化し、晴れてみんなで卒業式を迎えることが出来たわけですが、我が家に限って言えば、5月と6月は、例えるならば、日本で8月最終週に夏休みの宿題がまだ鬼のように残っていて家族総出で徹夜で仕上げると言うような日々を送りました。

我が家の場合、学校外でスポーツをやっていたり、日本人補習校に通っていたり、おまけに塾にも通っていたりするので、毎日やることがテンコ盛り。週末なんぞ全く無しで、親は専属運転手に励みました。

すっかり喉元を通り過ぎて随分とたつのであの頃の大変さは覚えてもいないけれど、やろうと計画したことをちゃんとやれてよかったという気持ちは今でも継続しています。

特に、我が家は先生へのギフト製作のリーダーを務め、実は途中で色々あったけれどなかなか立派なものが出来上がり、無事卒業式のときに先生に渡すことが出来て心から良かったと思っています。


quilt05272012_wip.jpg
(写真をクリックすると大きくなります。)
これが担任の先生への卒業記念ギフト(まだ途中)。
生徒が自分でテーマを考えてキルトのブロックを製作。
それを我が家が継ぎ合わせ。
実は、これ、なかなか提出してくれない生徒がいたりして大変でした。
最後にゃ、私もブチ切れて、
「会社まで持ってこい!」
と喧嘩腰に。

たった8人の生徒でああでしたから、20人とかいたら大変だったろうな、と…。








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これからのこと(2)

シュタイナースクール小学部の、特に低学年は、「授業」というより「PLAY」というニュアンスで毎日を過ごします。

PLAYという英語は、ご存知の如く単純に日本語にすると「遊ぶ」とか「競技を行う」とか「楽器を演奏する」などと言った広い意味での「~する」という意味になりますが、まさにそんな感じの「学び」へのアプローチです。

きちんと並んだ机のところに座ってじっと先生のお話を聞くのではなく、子供の特性を大いに生かした形で、つまり「PLAY」を伴った学び活動をします。

いきなり教科書を読むのではなく、季節の歌を沢山歌ったり笛で吹いたりして、季節の言葉や韻を見つけ出します。

いきなり文字を書くのではなく、クレヨンで大きく書いた直線や曲線から文字を見つけだします。

教科書の写真で植物や昆虫の名前を覚えるのではなく、森の中に探検隊として入っていって「捜索活動」を通して本物の昆虫や植物と出会います。

PLAYを存分楽しむことで、PLAYした事をいつまでも体が覚えていてくれるということです。

体を動かすことが大好きなウチのボウズは、毎日必ず外でドロドロになるまで遊ぶので、新しいズボンは1週間でヒザのところが駄目になり、奮発して買った上質な長靴だって中まで水浸しでした。

そんなアスレチックな一方で、ハンドワークが結構得意で、編み物はクラスで誰よりも早く作品を完成させ、「もう要らない!」って言うぐらい動物のぬいぐるみを作ってきてくれました。

また、ウチはアパート住まいなので大きな音の出る楽器はご法度ですから自宅での練習が全然出来なかったのに、バイオリンだってそこそこ弾けるようになりました。

(ちなみに、せっかく弾ける様になったバイオリンですから、楽器屋さんからリースしていた練習用のバイオリンを卒業を機に買い取りました。高校に入ってから、どう利用するか、これから考えます。)

教科書や宿題のない、受験を経験した私には何とも想像しがたほどののほほんとした毎日を過ごした我が家のボウズ君ですが、1年生から8年生まで毎年毎年何をやってきたかをしっかり覚えているんですね。細切れの知識という形ではなく、何本もの継続した線として彼の中に結ばれているのです。

はっきり言って、

くやしい!


<まだ、続きます>








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