アメリカでシュタイナー・スクールに通う

シュタイナー教育をご紹介します。

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入学審査 その2

「これからオフィスに戻ってすぐに、メールで必要書類を送るわね。」

そうS女史が言っていたのに、待てど暮らせど何にも送られてきません。

とりあえず2日ほど待ってS女史に連絡を取ってみると、

「ごめんなさいね~、データが全部ブッ飛んじゃって、いま申し込み用紙を一から全部作り直しているところなの~。もう少し待っていてね~。」

ということでした。

待つこと1週間。やっときました。

(1) 個人情報を書くページ

これは、簡単です。自分の名前と、住所と電話番号などを書き入れていくだけです。
鼻歌を歌いながらどんどん記入していきます。

(2) アカデミック・バックグランドを書くページ

これは、学歴を書く場所。
私の場合、日本で行った大学と、アメリカで行った大学院の情報を記入。
ま、これも難なく出来ます。

(3) ワーク・エクスペリエンスを書くページ

これは、職歴を書く場所。
大学卒業してから今までのことを略式で書き入れます。
会社名、会社の所在地、職種、就業期間を書くわけです。
これも、さっさと片付きます。

以上までは、ラクチンに対応できます。

次のページをめくってみますと、

「これ以降は、必要に応じて、追加用紙を自分で用意すること。」

となっています。

これは、アメリカの大学や大学院入試に良くあるエッセー形式の入学申込書です。

「この生徒、ウチの大学でちゃんと勉強するんか?」

という疑問をいろんな角度から聞いてくるわけです。

このシュタイナー・プログラムも同じように、

「この日本人のお姉ちゃん(オバサンやろ!)、ちゃんと英語分かって、プログラムの趣旨理解して、最後までついて来れるんか?」

を試すような質問がされます。

質問1 あなたの生い立ちを用紙1ページにまとめなさい。
質問2 以下の質問に答えなさい。
     (1) なぜこのプログラムに参加しようと決意しましたか。
     (2) このプログラムに参加するに当たって、何か困難だと思われるようなことはありますか。
     (3) このプログラムにあなたがもたらす強み、能力、スキルは何ですか。
     (4) このプログラム中、そして終了後のゴールはなんですか。
     (5) このプログラムを通して何を得ようとしていますか。
     (6) 基礎プログラムを終了した後、応用プログラムに進む計画でいますか。
質問3 今までにシュタイナーに関連するワークショップ、カンフェレンス、レクチャー、コースなどに参加したことはありますか。また、シュタイナーに関する書籍を読んだことはありますか。

たったこれだけの質問です。

申込書パッケージにざっと目を通したときは、

「アー、こんなの簡単、簡単。それに、この前面接のときに行ったようなことをちゃんと文書にすりゃ良いだけだし~。」

とすっかりリラックスしてしまった私ですが、いざコンピューターの前に座って文書にしようとすると、うまく考えをまとめられないんです。

一行書いてはデリート。
考え込む。

よし、これだ!
と思って書き出すものの、なんだか、言いたいことと違う、ということで、また、デリート。

また、考え込む。

じゃ、とりあえず、何でもいいから書き始めて…。
と思って書き始めるものの、やっぱりなんだか違うな~、ということで、また、デリート。

こ~んな事を1週間ぐらいやっていました。

自分のことを書くというのは、本当に骨の折れることです。
書けば書くほど何だか分からなくなってしまって、自分のことなのに、自分のことを失ってしまいます。面接のときはあんなにペラペラしゃべれたのに、なんで書けないの~!と焦るばかりです。

スッタモンダした挙句、やっと完成して、米人の友達に英語チェックをしてもらいました。
この友達は、博士号を持っていて大学で教員もしているので、英語チェックだけでなく内容チェックも厳しくしてくれました。

彼女の指摘をもとに何度か書き直しをして、ヘロヘロになって最終書類をプログラムに提出しました。もう、すっかり、魂を抜かれたようになってしまいました。

数日後に、プログラムの詳細案内が来て、正式に受け入れてもらえることを確認したときは、久しぶりに涙が出ちゃいました。



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入学審査

「入れてくださ~い!」

と、手を挙げただけでは、シュタイナー教師養成プログラムに入れてもらうことは出来ません。

以下、私がどのように入学を許可されたか、描写してみようと思います。

まずは、プログラムの担当者にメールを入れて、入学の意思があることを伝えます。

「シュタイナー教育にとても興味があります。養成プログラムに入りたいのですが…。」
みたいなメールです。

このようなメールを入れて返事を待つこと1週間以上。

全然返事がないんですよ。

「なんだか、おかしい!」

ということで、今度は電話を入れましたら、メールが届いていないとの事で、今度はプログラムのディレクターにメールを出しました。

すると、すぐに返事が戻ってきて、

「とりあえず、会いましょうか。」
ということになりました。

会社から近い日系のレストランで、ランチをすることに決定。

ランチを食べに来た会社員でごった返すレストランで、そのディレクターのS女史に会いました。
ちょっとぽっちゃりした、とても優しそうなオバちゃんです。

イギリス生まれなんだそうで、英語は正統なブリティッシュ・イングリッシュ。あ~、なんとも格調の高い発音。

お寿司とサラダを食べながら、

「どうして、このプロジェクトに興味を持ったの?」
「あっそう!息子さんがいるの~?学校、楽しそう?」
「シュタイナーをどう知ったの?」
「え~、ウチの娘もずっとシュタイナー学校なの。やっと卒業して、これから大学。」
「いま、どんな仕事をしているの?」
「ウチはね、デトロイトに来る前は、ミネソタに住んでいたのよ~。」
「なぜ、今、このプロジェクトをはじめようと思ったの?」
「息子さんの担任の先生、いい先生でしょ~?彼女は本当に素晴らしい先生よね~。」

などなど、質問されたり、逆にこっちから質問をしたりと、どんどんお話が広がってゆきます。まさに雑談の世界。

ランチ時の丸の内あたりの定食屋さん(そんなのない?)のようなレストランですから、隣の席とは10センチぐらいしか離れていないし、お客がウットオシイぐらい頻繁にあちこち動き回っていたりして、とにかく、うるさくて、全然落ち着かない場所です。

そんな中で、食事をしながら質問に答えるというのは、ちょっとワザが必要でしたが、「ま、いいたいことは言えたかな」、と思えるまとめ方が出来ました。

40分ぐらいお話をしたところで、最後に、

「今日オフィスに戻ったら、あなたに正式入学申込書パッケージを送りますね。その中に、今あなたが私に話してくれたことを書くところがあるから、今話してくれた通りに記入して、あと他の必要事項も埋めて送り返してくれればいいから。いいお話を有難う。じゃ、秋にプログラムで会いましょうね~。」

と言われて、初めて、このランチが面接試験だったって事に気づいたアホな私でした。

こんなにカジュアルな面接試験があっていいんかいな~、と唖然としました。

さて、面接はどうやら突破できたようです。

でも、ここから先に大きな苦しみが待ち構えていたのでした。

このお話、続きます。


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まんマルを描く。

目をつむって、頭の中で円を描いてみてください。

出来るだけちゃんとした円です。

まん丸な円です。

きれいなマルが描けましたか?

さて、今度は、紙と鉛筆を用意してください。

その紙にその鉛筆で、出来るだけまん丸なマルを描いてください。大きさはかまいません。もちろん、フリーハンドで。

次に。

今描いた円が画面いっぱいの場合、その円の内側に最初に描いた円とある一点だけが接触するように円を描いてください。

もし、一番最初に描いた円が小さな円の場合、その外側に最初に描いた円とある一点だけが接触するように円を描いてください。

ある一点だけ接触するように、内側あるいは外側に5重の円を描きます。

きれいな円が描けましたでしょうか。

私の場合、どんどん円が楕円になってしまって、描けば描くほどイライラがつのっていきました。

フリーハンドで円を描くというのは、本当に難しいことです。

さて、更に。

今度は、紙とクレヨンを2色、用意してください。

鉛筆でなかなかうまく円が描けなくて「キー!!」という思いを心に残したまま、もう一度「丸描き」に挑戦します。

今度は、円の色を交互で変えてゆきます。

一番最初の円を紫色で描いたら、次の円は黄色、そして次は紫色、そして次は黄色、という感じです。

また、円を描くたび、色も入れます。

このマル描きで発見したこと。

(1) 頭の中では円なんてとても簡単に描けたのに、いざ紙に描いてみようとすると、そんなに簡単じゃない。むしろ、とても難しいィ!

(2) なんだかうまく描けないと余計に焦ってしまって、円がどんどんヘンテコリンな形になってしまう~。

(3) 円を描くのが如何に難しいかって事を実際に体験してみると、再度挑戦したときにとっても丁寧にやろうとする気持ちになります。実際、クレヨンで円を描いている時、教室の中は水を打ったように静かでした。円を描く緊張感が教室の中を駆け巡っていました。

たかが、マル。されど、マル。

いろいろなことを学んだ気がしました。

これは、先週の「人智学」の授業での一幕。

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シュタイナーな日々 の続きの続き

このブログ。

始めようとしたきっかけは、この9月から私自身がシュタイナー教師養成プログラムに行き始めたからなんです。

いや、別に、シュタイナー学校の教師に転職するぞ、とか言うことではないんです。

高校生の時にシュタイナー教育の存在を知っていたく感銘し、自分では出来なかったのでボウズをシュタイナー学校に入れて、ちょっと満足していた私ですが、やっぱり自分でもやってみたいという気持ちから養成プログラムに入ることを決心しました。

それから、今の仕事。

全然面白くないんです。

仕事があるだけましなんでしょうが、このままな~んにもせずにトシだけをとっていくなんて、絶対駄目だ、と思ったんです。

じゃ、何をすれば良いのか。

じゃ、何をしたいのか。

と、いろいろウジャウジャと考えているうちに、シュタイナー・プログラムで勉強するというアイデアが浮かんできました。

シュタイナー・プログラムなら今の仕事しながら出来ます。週末だけの授業です。

ずっとシュタイナー教育のことを知っていますから、まったく新しいことを始めるというわけでもありません。

というわけで、ウチの家庭は、私とボウズの2人とも生徒です。

大きな違いは、彼の頭はとても柔らかく、私の頭はすっかり老いぼれてしまっていることです。なかなか暗記が出来ません。くそ~。


(余談:シュタイナーには、暗記モノってないんですよ、ホントは。「スピーチ」のクラスで詩を読むのですが、私はネイティブ・スピーカーじゃないのでやっぱり暗記しないと言葉が出てこないんです。ごく短い詩でも、そもそも詩というものが特別な文章の作り方になっているので、英語がしゃべれるだけではついていけないんですね、これが!くやし!!)

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シュタイナーな日々 の続き。

これは、ウチのボウズが行っているシュタイナー・スクールだけのことではありませんが、アメリカの学校は学校と家庭の連携が非常にコユイです。(恐らく、日本もそうだと思います。そうじゃなかったら、教育という大事業、なかなかうまくいきませんからね~)

何かにつけて、親が学校に出向いていきます。

9月に新学期が始まると、早々に全校集会が開かれます。これは児童が集まる場ではなく、保護者が集まるものです。

全保護者を集めて、去年の反省や今年の方針などが報告されます。

ウチのボウズが通うオークランド・シュタイナー・スクールは、8年生までの全校児童が100人ぐらいしかいないとても小規模校ですから、親たちもみんな知り合いです。

ですから、学校側から一方的に諸事の報告がされるだけということはなく、親たちも積極的に意見などを出し合います。

全校集会が終わると、翌週辺りに、クラス集会があります。

これも、保護者が集まる場です。

同じクラスの親が集まって、今年はどのようにクラスが進められていくか、担任の先生から説明を聞きます。これも活発な意見交換の場となります。

他にメインなものは、年に2回ある、個人面談です。

シュタイナー学校には教科書や宿題がありませんが、児童一人一人が1年かかってノートを創り上げてゆきます。これが児童たちの教科書です。

算数のノート、物語(いわゆる国語)のノート、ドイツ語のノート、フランス語のノート、全てのノートがクレヨンなり色鉛筆を駆使した大変カラフルな内容です。「教育は芸術なり」というシュタイナーの考えにのっとったノートが出来上がります。

個人面談では、担任の先生がこのノートを1ページづつめくりながら、子供の様子を伝えてくれます。

「この数字を書いているとき、どうも落ち着かない様子でした。ほら、この色使い、なんだかそわそわしているでしょう?」

とか、

「この文章を書いているときのXX君は、とても集中していました。このまっすぐな線とこの色使い、集中していたことが良く現れているでしょう。このページは、本当に素晴らしい出来ですよ!」

という感じで。

以上のほかに、クラスの発表会(歌、演劇、楽器)、秋の学校運営資金集めバザー、学校全体の発表会などなど、頻繁に学校に出向いています。

教育というのは、手間と時間のかかる、本当に大変な事業ですね~。

今日は、ここまで。




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シュタイナーな日々

シュタイナー教育は、「強要する」ということを嫌います。

自分で心の底から「知りたい!」とか、「やってみたい!」と思わないと駄目なんだと考えます。

ですから、宿題がありません。そして、成績表もありません。

「ありません」というより、「必要ない」という考え方です。

実際には、人間という動物は概して「易きに流れる」傾向がありますから(えッ、もしかして、私だけ???)、相当精神の強靭な人じゃないと、「よし、勉強しよう!」とかいう気持ちにはなれないものです。

面白そうなテレビがやっていたら、「勉強は後にして、ま、ちょっとぐらい~」と思いながら観てしまいますし、友達連中が楽しそうにおしゃべりしていたら、「宿題は後にして、ま、ちょっとぐらい~」と思いながら仲間に入れてもらっちゃいます。

シュタイナーという人物は、とても出来た人間だったようで、自分を律することを常に考えていたようです。悟りの境地を目指していたようです。

ですから、そんな彼の思想がシュタイナー教育に反映されているというわけです。

「人間として自然な形で教育を受ける」とでも言いましょうか。これは私の解釈です。もしかしたら、大ハズレかもしれませんが、私はシュタイナー教育をそうとらえています。もちろん、何が自然なのか、という論議はあるかと思いますが。

このお話、まだまだ続きます。

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退屈すぎる毎日。

ウチの子供、11歳。

6歳からずーっとアメリカでシュタイナー・スクールに通っています。

そもそもアメリカに来たのは、子供をシュタイナー・スクールに通わせるため。

日本では、最近やっとお役所がシュタイナー・スクールを学校として認めたそうですが、5年前の日本にはなかったのです。

私のシュタイナーとの出会いは、高校生の時。

国語の山口先生が紹介した1冊の本です。

「ミュンヘンの小学生」

日本でシュタイナー教育が大きく取り扱われるきっかけとなった、記念すべき本です。

この本を読んで、大変な衝撃を受けました。

こんな授業を受けることが出来る学校が、本当に外国にあるんだ、と。学校のあり方、先生のあり方、生徒のあり方、授業のあり方、勉強のあり方、とにかく、全てのあり方が日本では全く考えられないことで、とてつもなく魅力的な学校だと思うようになりました。

あ~、こんな学校で勉強できたら、どんなに楽しいことだろう。あ~、こんな学校で絵を描いたり歌を歌ったり楽器を演奏したら、どんなに嬉しく思うだろう。

この本を読みながら、そんなことを考えました。

「ミュンヘンの小学生」以降に出た関連の本を全て読んで、ますますシュタイナー学校に魅せられてしまった私です。

でも、悲しいかな。

私にとってシュタイナー学校は、本の中だけのことでしかありえませんでした。

ですから、うら若き高校生の私は、

「子供をシュタイナーに入れよう」

と考えました。(なんとも極端な私…)

以下、続きます。

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